2017年03月08日

「昔はなし」その233 幽斎の水さし

幽斎の水さし

 細川幽斎を記念する茶会が京都の大徳寺内
の高洞院で開かれたことがあります。そのとき
藪の内の家元が献茶をされました。また遠州
流の家元も茶をたてられました。
 そのとき幽斎の用いていたという有名な水さ
しを拝見することができました。これは、その
昔、幽斎が戦場へ行くとき、水さしと別れるの
がつらく「よろいびつ」に入れたところが大きく
ておさまらないので槍のこじリでこわして、そ
の「かけ」を持っていったといい伝えられるもの
です。
 あとで利休が、それを継いで今日まで伝わっ
てきたものだといわれています。この寺にはイ
ギリス人が幽斎の人となりを慕って、英文でい
われを書いて建立したものがありましたが、日
本人でも幽斎を知らぬ人があるのに感心なこ
とだと思いました。

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Posted by ひimagine at 06:00│Comments(0)豊橋の昔はなし
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