2018年10月22日
弦斎夫人の料理談 その11
馬鈴薯(じゃがゐも)は如何(いか)に料理(れうり)するか
記者『この頃(ごろ)は新(しん)の馬鈴薯(じゃがゐも)が澤山(たくさん)出ますがあれはどうして食べたら宜(よ)うございませう
夫人『新の馬鈴薯はゆで方が肝心(かんじん)です。古い馬鈴薯は水(みづ)からゆでますけれども新の馬鈴薯は先(ま)づ湯をグラグラと煮立(にた)たせてその中へ薯(ゐも)を入れて少なくとも三十分間以上(いじゃう)ゆでなければなりません。ゆで方が少ないと馬鈴薯(じゃがゐも)がネバネバして心(しん)に硬(こは)い處(ところ)があって美味(おい)しくありません。三十分間ゆでた後(のち)お砂糖(さたう)を入れて二十分間煮(に)てその次に鹽(しお)を入れて又(また)十分間煮ます。つまり一時間かかって煮なければ美味しくは出來ません。
記者『馬鈴薯(じゃがゐも)が極(ご)く上等(じゃうとう)なお料理(れうり)になりませうか。
夫人『それはいくらでも上等なものになります。馬鈴薯ばかりのお料理も四十通(とほ)りや五十通(とほ)り位はありますが、その中(うち)で手軽に出来て美味しいのはパンケーキでせう。
記者『それはどうして拵(こしら)へます
夫人『それは先(ま)づ馬鈴薯(じゃがゐも)をゆでて裏漉(うらご)しにします。その漉(こ)した薯(ゐも)を大匙(おほさじ)に三杯だけ兜鉢(かぶとばち)の中(なか)へ入れます。そこへメリケン粉(こ)大匙一杯と砂糖大匙一杯と鹽(しを)少しとを加(くは)へます。それから先(ま)づ生(なま)玉子を一つ落(おと)して杓子(しゃくし)でよく掻(か)き廻(まは)します。それからまた生玉子を一つ落して掻き廻して、もう一度生玉子を入れます。つまり三つの玉子を三度に入れて混ぜます。それから牛乳(ぎうにう)を少しづつ幾度(いくど)にも凡(およ)そ大匙七杯ほど加(くは)へて行(い)くとドロドロのものが出來ます。別にフライ鍋(パン)にバターを溶かして、それがよく煮立ったとき、今のものを先(ま)づ四分の一位あけて片側(かたがは)が焼けたら裏返して、又片側を焼きます。さうすれば四人前出來る勘定(かんじゃう)ですが一枚づつ中へジャムを入れて柏餅(かしはもち)のように包んで温(あたた)かい中(うち)に食べますと美味しうございます。
記者『どの位に焼きますか
夫人『あんまり焼き過ぎるといけません。少し色が變(かは)って來た位な處で宜うございます。出す時にはその上(うへ)にお砂糖(さたう)をおかけになると尚(なほ)美味しうございます。
記者『かぅ云(い)ふお料理(れうり)はお話を伺(うかが)ったばかりではよく分かりませんから實物(じつぶつ)の御馳走(ごちそう)に預(あづか)りたいものですね。
夫人『おほほほほ、では早速(さっそく)拵(こしら)へて差上(さしあ)げませう、頬(ほほ)の落ちないやうに御用心(ごようじん)なさいまし。
記者『この頃(ごろ)は新(しん)の馬鈴薯(じゃがゐも)が澤山(たくさん)出ますがあれはどうして食べたら宜(よ)うございませう
夫人『新の馬鈴薯はゆで方が肝心(かんじん)です。古い馬鈴薯は水(みづ)からゆでますけれども新の馬鈴薯は先(ま)づ湯をグラグラと煮立(にた)たせてその中へ薯(ゐも)を入れて少なくとも三十分間以上(いじゃう)ゆでなければなりません。ゆで方が少ないと馬鈴薯(じゃがゐも)がネバネバして心(しん)に硬(こは)い處(ところ)があって美味(おい)しくありません。三十分間ゆでた後(のち)お砂糖(さたう)を入れて二十分間煮(に)てその次に鹽(しお)を入れて又(また)十分間煮ます。つまり一時間かかって煮なければ美味しくは出來ません。
記者『馬鈴薯(じゃがゐも)が極(ご)く上等(じゃうとう)なお料理(れうり)になりませうか。
夫人『それはいくらでも上等なものになります。馬鈴薯ばかりのお料理も四十通(とほ)りや五十通(とほ)り位はありますが、その中(うち)で手軽に出来て美味しいのはパンケーキでせう。
記者『それはどうして拵(こしら)へます
夫人『それは先(ま)づ馬鈴薯(じゃがゐも)をゆでて裏漉(うらご)しにします。その漉(こ)した薯(ゐも)を大匙(おほさじ)に三杯だけ兜鉢(かぶとばち)の中(なか)へ入れます。そこへメリケン粉(こ)大匙一杯と砂糖大匙一杯と鹽(しを)少しとを加(くは)へます。それから先(ま)づ生(なま)玉子を一つ落(おと)して杓子(しゃくし)でよく掻(か)き廻(まは)します。それからまた生玉子を一つ落して掻き廻して、もう一度生玉子を入れます。つまり三つの玉子を三度に入れて混ぜます。それから牛乳(ぎうにう)を少しづつ幾度(いくど)にも凡(およ)そ大匙七杯ほど加(くは)へて行(い)くとドロドロのものが出來ます。別にフライ鍋(パン)にバターを溶かして、それがよく煮立ったとき、今のものを先(ま)づ四分の一位あけて片側(かたがは)が焼けたら裏返して、又片側を焼きます。さうすれば四人前出來る勘定(かんじゃう)ですが一枚づつ中へジャムを入れて柏餅(かしはもち)のように包んで温(あたた)かい中(うち)に食べますと美味しうございます。
記者『どの位に焼きますか
夫人『あんまり焼き過ぎるといけません。少し色が變(かは)って來た位な處で宜うございます。出す時にはその上(うへ)にお砂糖(さたう)をおかけになると尚(なほ)美味しうございます。
記者『かぅ云(い)ふお料理(れうり)はお話を伺(うかが)ったばかりではよく分かりませんから實物(じつぶつ)の御馳走(ごちそう)に預(あづか)りたいものですね。
夫人『おほほほほ、では早速(さっそく)拵(こしら)へて差上(さしあ)げませう、頬(ほほ)の落ちないやうに御用心(ごようじん)なさいまし。
2018年10月19日
弦斎夫人の料理談 その10
糠味噌は如何に造るか
記者『糠味噌と云へば先日(せんじつ)私(わたくし)どもで新しい糠味噌を作りましたが何分(なにぶん)にも味(あぢ)が悪くっていけませんでした。糠味噌を新しく拵(こしら)へるにはどう云う風に致したものでせう。
夫人『糠味噌の拵へ方はいろいろありますけれども一番宜(よ)いのは先(ま)づ古い糠を一升普通(なみ)の篩(ふるひ)でよくふるってそれから焙烙(はうろく)でよく炒(い)ります。
記者『おっと少しお待ちください。古い糠とお云ひですが新しい糠ではいけませんか。
夫人『糠の新しいのは酸敗(さんはい)していけませんから澤庵(たくあん)を漬ける時でも糠味噌を拵へる時でも糠は古いのに限ったものです。
記者『さう云う譯(わけ)ですかね。糠を炒った後はどう致します。
夫人『一升の糠がよく炒れたらばそこへ一合(いちがう)の鹽(しほ)を交(ま)ぜて桶(をけ)の中へ入れて置きます。別にお米を磨(と)いだ白水(しろみづ)の一番濃い處(ところ)を一旦煮立ててそれを冷(さ)まして置きます。冷めた時前の糠の中へ宜(い)い加減に注(さ)して糠と白水とをよく混ぜるとそれで出来ます。
記者『その方法で拵へたのは幾日(いくにち)位(くらゐ)から美味(おい)しく食べられませう。
夫人『毎日野菜を漬けて行(ゆ)くと一週間目位からよく慣(な)れて味がでます。しかし糠味噌の新しいのはどうしても古い糠味噌ほど美味(おい)しくありませんから、今の方法で新しい糠味噌を拵へたら御懇意(ごこんい)な家(うち)から古い糠味噌を少しでもお貰(もら)ひなすって今のものの中へ混(ま)ぜてお置きなさるのが一番宜(よ)うございます。
記者『懇意な家で古い糠味噌を貰ふことの出来なかった塲合(ばあひ)はどうしたものでせう。
夫人『その時は新しい糠味噌へ一番最初に澤庵を五六本ばかり洗はずにその儘(まま)漬けて置くと早く慣れます
記者『糠味噌には折折(をりをり)足(た)し糠をしますがあれにも古い糠が宜(よ)うございませうか。
夫人『左様(さう)です。やっぱり古い糠を一旦炒ってお入れなさる方が宜うございます。それに醤油(しゃうゆ)の残滓(おり)だの味噌漬けの味噌だの燗冷(かんざ)ましのお酒だのそんなものの残ったのは少し位づつ糠味噌へ入れると味がよくなります。しかし、あんまり澤山入れてはいけません。
記者『胡瓜(きうり)を糠味噌へ漬けると折折(をりをり)苦(にが)いのがありますが、あれはどうしたら苦味(にがみ)が抜けませう
夫人『胡瓜は切口(きりくち)の方を上(うへ)に向けてその切口を糠味噌とすれすれに立てて置くと苦味が抜けます。それから胡瓜の切口に重炭酸曹達(おうたんさんそーだ)を少し塗って漬けても宜うございます。しかし胡瓜は曲がったのや色の黒ずんだのはどうしても苦味がありますからそんなものは最初から使はない方が宜うございます。。
記者『糠味噌と云へば先日(せんじつ)私(わたくし)どもで新しい糠味噌を作りましたが何分(なにぶん)にも味(あぢ)が悪くっていけませんでした。糠味噌を新しく拵(こしら)へるにはどう云う風に致したものでせう。
夫人『糠味噌の拵へ方はいろいろありますけれども一番宜(よ)いのは先(ま)づ古い糠を一升普通(なみ)の篩(ふるひ)でよくふるってそれから焙烙(はうろく)でよく炒(い)ります。
記者『おっと少しお待ちください。古い糠とお云ひですが新しい糠ではいけませんか。
夫人『糠の新しいのは酸敗(さんはい)していけませんから澤庵(たくあん)を漬ける時でも糠味噌を拵へる時でも糠は古いのに限ったものです。
記者『さう云う譯(わけ)ですかね。糠を炒った後はどう致します。
夫人『一升の糠がよく炒れたらばそこへ一合(いちがう)の鹽(しほ)を交(ま)ぜて桶(をけ)の中へ入れて置きます。別にお米を磨(と)いだ白水(しろみづ)の一番濃い處(ところ)を一旦煮立ててそれを冷(さ)まして置きます。冷めた時前の糠の中へ宜(い)い加減に注(さ)して糠と白水とをよく混ぜるとそれで出来ます。
記者『その方法で拵へたのは幾日(いくにち)位(くらゐ)から美味(おい)しく食べられませう。
夫人『毎日野菜を漬けて行(ゆ)くと一週間目位からよく慣(な)れて味がでます。しかし糠味噌の新しいのはどうしても古い糠味噌ほど美味(おい)しくありませんから、今の方法で新しい糠味噌を拵へたら御懇意(ごこんい)な家(うち)から古い糠味噌を少しでもお貰(もら)ひなすって今のものの中へ混(ま)ぜてお置きなさるのが一番宜(よ)うございます。
記者『懇意な家で古い糠味噌を貰ふことの出来なかった塲合(ばあひ)はどうしたものでせう。
夫人『その時は新しい糠味噌へ一番最初に澤庵を五六本ばかり洗はずにその儘(まま)漬けて置くと早く慣れます
記者『糠味噌には折折(をりをり)足(た)し糠をしますがあれにも古い糠が宜(よ)うございませうか。
夫人『左様(さう)です。やっぱり古い糠を一旦炒ってお入れなさる方が宜うございます。それに醤油(しゃうゆ)の残滓(おり)だの味噌漬けの味噌だの燗冷(かんざ)ましのお酒だのそんなものの残ったのは少し位づつ糠味噌へ入れると味がよくなります。しかし、あんまり澤山入れてはいけません。
記者『胡瓜(きうり)を糠味噌へ漬けると折折(をりをり)苦(にが)いのがありますが、あれはどうしたら苦味(にがみ)が抜けませう
夫人『胡瓜は切口(きりくち)の方を上(うへ)に向けてその切口を糠味噌とすれすれに立てて置くと苦味が抜けます。それから胡瓜の切口に重炭酸曹達(おうたんさんそーだ)を少し塗って漬けても宜うございます。しかし胡瓜は曲がったのや色の黒ずんだのはどうしても苦味がありますからそんなものは最初から使はない方が宜うございます。。
2018年10月17日
弦斎夫人の料理談 その9
御飯は如何(いか)にしてお櫃(ひつ)に移すべきか
記者『御飯の炊き方はそれで分(わか)りましたがお櫃へ移(うつ)す時にもいろいろ心得(こころえ)がありませうね。
夫人『左様(さよう)です。お櫃は第一に古い程(ほど)御飯の保(も)ちが宜(よ)いので新しいお櫃はどうしても御飯が悪くなります。それにお櫃がよく乾いた處(ところ)へ御飯を移さなければいけません。朝炊く御飯には前の晩に乾かしたお櫃を使(つか)ふやうにするのが肝心です。
記者『ところが雨の降る日なんぞはお櫃が乾かないで困りますが火であぶって乾かしたのはどうでせう。
夫人『火であぶっても構(かま)ひませんがそのかはりその温度が冷(さ)めたところへ御飯を移さなければなりません。お櫃のまだ暖かいところへ御飯を移すとそれが爲(ため)に悪くなります。
記者『御飯は一度腐り出すと毎日癖がついて腐るようですがあれはどう云ふものでせう。
夫人『それは一度でも御飯の腐ったお櫃を水でザッと洗ってその儘(まま)使ふからです。さう云ふお櫃はグラグラ沸(に)立った湯を澤山(たくさん)注(つ)いでよく洗ってよく乾かしてから再び使ふやうにしなければいけません。つまり熱湯消毒(ねったうせうどく)をして腐敗菌を殺して了(しま)ふのです。それにこのお櫃は一旦日光(にっくわう)に干せば自然と日光消毒(にっくわうせうどく)になります。
記者「なかなかむづかしいものですね。その外にもまだご飯を腐らせない工風(くふう)がありませうか。
夫人『御飯を移す時お櫃の底へ梅干を一つ入れて置くのも御飯の腐り方を防ぎます。
記者『御飯の腐ったのは使ひ道がありませんか。
夫人『少し位(くらい)なら糠味噌(ぬかみそ)へ入れると糠味噌の味がよくなります。
記者『御飯の炊き方はそれで分(わか)りましたがお櫃へ移(うつ)す時にもいろいろ心得(こころえ)がありませうね。
夫人『左様(さよう)です。お櫃は第一に古い程(ほど)御飯の保(も)ちが宜(よ)いので新しいお櫃はどうしても御飯が悪くなります。それにお櫃がよく乾いた處(ところ)へ御飯を移さなければいけません。朝炊く御飯には前の晩に乾かしたお櫃を使(つか)ふやうにするのが肝心です。
記者『ところが雨の降る日なんぞはお櫃が乾かないで困りますが火であぶって乾かしたのはどうでせう。
夫人『火であぶっても構(かま)ひませんがそのかはりその温度が冷(さ)めたところへ御飯を移さなければなりません。お櫃のまだ暖かいところへ御飯を移すとそれが爲(ため)に悪くなります。
記者『御飯は一度腐り出すと毎日癖がついて腐るようですがあれはどう云ふものでせう。
夫人『それは一度でも御飯の腐ったお櫃を水でザッと洗ってその儘(まま)使ふからです。さう云ふお櫃はグラグラ沸(に)立った湯を澤山(たくさん)注(つ)いでよく洗ってよく乾かしてから再び使ふやうにしなければいけません。つまり熱湯消毒(ねったうせうどく)をして腐敗菌を殺して了(しま)ふのです。それにこのお櫃は一旦日光(にっくわう)に干せば自然と日光消毒(にっくわうせうどく)になります。
記者「なかなかむづかしいものですね。その外にもまだご飯を腐らせない工風(くふう)がありませうか。
夫人『御飯を移す時お櫃の底へ梅干を一つ入れて置くのも御飯の腐り方を防ぎます。
記者『御飯の腐ったのは使ひ道がありませんか。
夫人『少し位(くらい)なら糠味噌(ぬかみそ)へ入れると糠味噌の味がよくなります。
2018年10月15日
弦斎夫人の料理談 その8
随分間が開いてしまいました。ご勘弁ください。
御飯の炊き方には如何(いか)なる(くべつ)区別あるか
記者『お米の磨(と)ぎ方はそれで分かりましたが、炊(た)き方にもいろいろの区別がありませうね。
夫人『ハイ、御飯の炊き方には水炊きと湯(ゆ)炊きと蒸(むし)炊きとの区別があります。
記者『そんなにいろいろな炊き方がありますか。水炊きと云ふのは普通の御飯のやうに水から仕掛けて置いて炊くのでせうが湯炊きと云ふのはどうします。
夫人『湯炊きと申(もを)すと一升の御飯を炊くなら一升二合ほどの水を先(ま)ずお釜でグラグラ煮立たせてそこへお米を入れて炊くのです。御飯の味はこの湯炊きが一番美味しいもので、それに御飯の出来損じがありませんし、御飯がよく出来るから夏も腐り方が遅うございます。
記者『成程(なるほど)、食道楽(しょくだうらく)の歌に「炭で炊く飯(めし)は水からかけるなよ湯炊きにせねば下がこげつく」と云ふことのあるのを記憶して居りますが、炭で炊く御飯は湯炊きに限りますか。
夫人『器械竈(きかいがま)で炊く時は炭を使ひますから湯炊きに限りますが薪(まき)で炊くのも湯炊きの方がよく出来ます。それに堅木(かたぎ)の薪で炊いた御飯と軟(やはら)かい木の薪で炊いた御飯とは出来栄えが大層違ひまして、軟らかい木で炊いた御飯の方がどうしても早く腐ります。
記者『昔志那(しな)の食道楽家(しょくだうらくか)は外(ほか)で御飯を食べた時「これ老薪(らうしん)の炊(かし)ぐ所なり」と薪の悪いといふのを知ったといふ有名な話がありますが、薪の善悪で御飯の味がそれ程に違ふものでせうかね。しかし御飯の悪くなるのは一つはその家屋の構造(こうざう)や場所にも依(よ)りませうからどうしても御飯の悪くなるやうな時にはなにか外に工風はありますまいか。
夫人『では御飯を炊く時梅干を一つお入れになると宜(よ)うございます。
記者『水炊きならばお米と一緒に入れませうが、湯炊きの方はいつ入れます。
夫人『それもお米を入れる時一緒に入れて宜(よ)うございます。それから御飯を炊いて火を引(ひ)いた後(のち)蒸(む)らし方が肝心(かんじん)で、お釜の蓋(ふた)の重いのを貴(たっと)びますのは御飯がよく蒸れるからです。御飯は全體(ぜんたい)煮ると云うよりも蒸すと云ふ方が宜い位なもので、よく蒸せて心(しん)まで柔(やはらか)くなった方が味もよし腐りも遅うございます。しかし蒸すといふにも程のあったもので、あんまり蒸し過ぎると御飯の腰が抜けて味がなくなりますからそれもよく気をつけなければなりません。
記者『今のお話に蒸し炊きと云ふことがありますが、それはどうします。
夫人『それはお米を先(ま)ず蒸籠(せいろう)で蒸して桶(をけ)の中へ入れます。そこへすぐに沸湯(にえゆ)をお米とヒタヒタ位に注(つ)いで蓋をして三十分程置きます。さうするとお米が大層膨(ふく)れて大きくなりますから、それをもう一度蒸籠へ入れて蒸して食べます。
記者『私が田舎(いなか)に居(ゐ)る時分(じぶん)、学校(がくかう)生徒連中(れんぢう)大勢(おほぜい)で遠足でもすると宿屋でよく蒸した御飯を出しますが迚(とて)も澤山(たくさん)は食べられません。味の悪いのと硬(こは)いので閉口(へいこう)した事があります。
夫人「おほゝゝゝ、それは必(かなら)ず一度蒸したばかりのを出したのでせう。二度蒸しにすると決(けっ)してそんなに硬(こは)いことはありません。そのかはり御飯の粘り気(ねばりけ)が抜けて極(ご)くサラサラしたものができますから粘り気のあるのを好(この)む人には向きませんが、サラサラした御飯を好む人は大喜(おほよろこ)びでこの蒸し炊きを食べます。私の懇意(こんい)な人に胃病(ゐびゃう)の爲(た)めに粘り気のある御飯が食べられないと云ふので外国米(ぐわいこくまい)を食べて居た人がありますが、この蒸し炊きの法(ほふ)をお話したら大層喜んでその通りに日本米を炊いた人があります。
御飯の炊き方には如何(いか)なる(くべつ)区別あるか
記者『お米の磨(と)ぎ方はそれで分かりましたが、炊(た)き方にもいろいろの区別がありませうね。
夫人『ハイ、御飯の炊き方には水炊きと湯(ゆ)炊きと蒸(むし)炊きとの区別があります。
記者『そんなにいろいろな炊き方がありますか。水炊きと云ふのは普通の御飯のやうに水から仕掛けて置いて炊くのでせうが湯炊きと云ふのはどうします。
夫人『湯炊きと申(もを)すと一升の御飯を炊くなら一升二合ほどの水を先(ま)ずお釜でグラグラ煮立たせてそこへお米を入れて炊くのです。御飯の味はこの湯炊きが一番美味しいもので、それに御飯の出来損じがありませんし、御飯がよく出来るから夏も腐り方が遅うございます。
記者『成程(なるほど)、食道楽(しょくだうらく)の歌に「炭で炊く飯(めし)は水からかけるなよ湯炊きにせねば下がこげつく」と云ふことのあるのを記憶して居りますが、炭で炊く御飯は湯炊きに限りますか。
夫人『器械竈(きかいがま)で炊く時は炭を使ひますから湯炊きに限りますが薪(まき)で炊くのも湯炊きの方がよく出来ます。それに堅木(かたぎ)の薪で炊いた御飯と軟(やはら)かい木の薪で炊いた御飯とは出来栄えが大層違ひまして、軟らかい木で炊いた御飯の方がどうしても早く腐ります。
記者『昔志那(しな)の食道楽家(しょくだうらくか)は外(ほか)で御飯を食べた時「これ老薪(らうしん)の炊(かし)ぐ所なり」と薪の悪いといふのを知ったといふ有名な話がありますが、薪の善悪で御飯の味がそれ程に違ふものでせうかね。しかし御飯の悪くなるのは一つはその家屋の構造(こうざう)や場所にも依(よ)りませうからどうしても御飯の悪くなるやうな時にはなにか外に工風はありますまいか。
夫人『では御飯を炊く時梅干を一つお入れになると宜(よ)うございます。
記者『水炊きならばお米と一緒に入れませうが、湯炊きの方はいつ入れます。
夫人『それもお米を入れる時一緒に入れて宜(よ)うございます。それから御飯を炊いて火を引(ひ)いた後(のち)蒸(む)らし方が肝心(かんじん)で、お釜の蓋(ふた)の重いのを貴(たっと)びますのは御飯がよく蒸れるからです。御飯は全體(ぜんたい)煮ると云うよりも蒸すと云ふ方が宜い位なもので、よく蒸せて心(しん)まで柔(やはらか)くなった方が味もよし腐りも遅うございます。しかし蒸すといふにも程のあったもので、あんまり蒸し過ぎると御飯の腰が抜けて味がなくなりますからそれもよく気をつけなければなりません。
記者『今のお話に蒸し炊きと云ふことがありますが、それはどうします。
夫人『それはお米を先(ま)ず蒸籠(せいろう)で蒸して桶(をけ)の中へ入れます。そこへすぐに沸湯(にえゆ)をお米とヒタヒタ位に注(つ)いで蓋をして三十分程置きます。さうするとお米が大層膨(ふく)れて大きくなりますから、それをもう一度蒸籠へ入れて蒸して食べます。
記者『私が田舎(いなか)に居(ゐ)る時分(じぶん)、学校(がくかう)生徒連中(れんぢう)大勢(おほぜい)で遠足でもすると宿屋でよく蒸した御飯を出しますが迚(とて)も澤山(たくさん)は食べられません。味の悪いのと硬(こは)いので閉口(へいこう)した事があります。
夫人「おほゝゝゝ、それは必(かなら)ず一度蒸したばかりのを出したのでせう。二度蒸しにすると決(けっ)してそんなに硬(こは)いことはありません。そのかはり御飯の粘り気(ねばりけ)が抜けて極(ご)くサラサラしたものができますから粘り気のあるのを好(この)む人には向きませんが、サラサラした御飯を好む人は大喜(おほよろこ)びでこの蒸し炊きを食べます。私の懇意(こんい)な人に胃病(ゐびゃう)の爲(た)めに粘り気のある御飯が食べられないと云ふので外国米(ぐわいこくまい)を食べて居た人がありますが、この蒸し炊きの法(ほふ)をお話したら大層喜んでその通りに日本米を炊いた人があります。