2018年10月15日
弦斎夫人の料理談 その8
随分間が開いてしまいました。ご勘弁ください。
御飯の炊き方には如何(いか)なる(くべつ)区別あるか
記者『お米の磨(と)ぎ方はそれで分かりましたが、炊(た)き方にもいろいろの区別がありませうね。
夫人『ハイ、御飯の炊き方には水炊きと湯(ゆ)炊きと蒸(むし)炊きとの区別があります。
記者『そんなにいろいろな炊き方がありますか。水炊きと云ふのは普通の御飯のやうに水から仕掛けて置いて炊くのでせうが湯炊きと云ふのはどうします。
夫人『湯炊きと申(もを)すと一升の御飯を炊くなら一升二合ほどの水を先(ま)ずお釜でグラグラ煮立たせてそこへお米を入れて炊くのです。御飯の味はこの湯炊きが一番美味しいもので、それに御飯の出来損じがありませんし、御飯がよく出来るから夏も腐り方が遅うございます。
記者『成程(なるほど)、食道楽(しょくだうらく)の歌に「炭で炊く飯(めし)は水からかけるなよ湯炊きにせねば下がこげつく」と云ふことのあるのを記憶して居りますが、炭で炊く御飯は湯炊きに限りますか。
夫人『器械竈(きかいがま)で炊く時は炭を使ひますから湯炊きに限りますが薪(まき)で炊くのも湯炊きの方がよく出来ます。それに堅木(かたぎ)の薪で炊いた御飯と軟(やはら)かい木の薪で炊いた御飯とは出来栄えが大層違ひまして、軟らかい木で炊いた御飯の方がどうしても早く腐ります。
記者『昔志那(しな)の食道楽家(しょくだうらくか)は外(ほか)で御飯を食べた時「これ老薪(らうしん)の炊(かし)ぐ所なり」と薪の悪いといふのを知ったといふ有名な話がありますが、薪の善悪で御飯の味がそれ程に違ふものでせうかね。しかし御飯の悪くなるのは一つはその家屋の構造(こうざう)や場所にも依(よ)りませうからどうしても御飯の悪くなるやうな時にはなにか外に工風はありますまいか。
夫人『では御飯を炊く時梅干を一つお入れになると宜(よ)うございます。
記者『水炊きならばお米と一緒に入れませうが、湯炊きの方はいつ入れます。
夫人『それもお米を入れる時一緒に入れて宜(よ)うございます。それから御飯を炊いて火を引(ひ)いた後(のち)蒸(む)らし方が肝心(かんじん)で、お釜の蓋(ふた)の重いのを貴(たっと)びますのは御飯がよく蒸れるからです。御飯は全體(ぜんたい)煮ると云うよりも蒸すと云ふ方が宜い位なもので、よく蒸せて心(しん)まで柔(やはらか)くなった方が味もよし腐りも遅うございます。しかし蒸すといふにも程のあったもので、あんまり蒸し過ぎると御飯の腰が抜けて味がなくなりますからそれもよく気をつけなければなりません。
記者『今のお話に蒸し炊きと云ふことがありますが、それはどうします。
夫人『それはお米を先(ま)ず蒸籠(せいろう)で蒸して桶(をけ)の中へ入れます。そこへすぐに沸湯(にえゆ)をお米とヒタヒタ位に注(つ)いで蓋をして三十分程置きます。さうするとお米が大層膨(ふく)れて大きくなりますから、それをもう一度蒸籠へ入れて蒸して食べます。
記者『私が田舎(いなか)に居(ゐ)る時分(じぶん)、学校(がくかう)生徒連中(れんぢう)大勢(おほぜい)で遠足でもすると宿屋でよく蒸した御飯を出しますが迚(とて)も澤山(たくさん)は食べられません。味の悪いのと硬(こは)いので閉口(へいこう)した事があります。
夫人「おほゝゝゝ、それは必(かなら)ず一度蒸したばかりのを出したのでせう。二度蒸しにすると決(けっ)してそんなに硬(こは)いことはありません。そのかはり御飯の粘り気(ねばりけ)が抜けて極(ご)くサラサラしたものができますから粘り気のあるのを好(この)む人には向きませんが、サラサラした御飯を好む人は大喜(おほよろこ)びでこの蒸し炊きを食べます。私の懇意(こんい)な人に胃病(ゐびゃう)の爲(た)めに粘り気のある御飯が食べられないと云ふので外国米(ぐわいこくまい)を食べて居た人がありますが、この蒸し炊きの法(ほふ)をお話したら大層喜んでその通りに日本米を炊いた人があります。
御飯の炊き方には如何(いか)なる(くべつ)区別あるか
記者『お米の磨(と)ぎ方はそれで分かりましたが、炊(た)き方にもいろいろの区別がありませうね。
夫人『ハイ、御飯の炊き方には水炊きと湯(ゆ)炊きと蒸(むし)炊きとの区別があります。
記者『そんなにいろいろな炊き方がありますか。水炊きと云ふのは普通の御飯のやうに水から仕掛けて置いて炊くのでせうが湯炊きと云ふのはどうします。
夫人『湯炊きと申(もを)すと一升の御飯を炊くなら一升二合ほどの水を先(ま)ずお釜でグラグラ煮立たせてそこへお米を入れて炊くのです。御飯の味はこの湯炊きが一番美味しいもので、それに御飯の出来損じがありませんし、御飯がよく出来るから夏も腐り方が遅うございます。
記者『成程(なるほど)、食道楽(しょくだうらく)の歌に「炭で炊く飯(めし)は水からかけるなよ湯炊きにせねば下がこげつく」と云ふことのあるのを記憶して居りますが、炭で炊く御飯は湯炊きに限りますか。
夫人『器械竈(きかいがま)で炊く時は炭を使ひますから湯炊きに限りますが薪(まき)で炊くのも湯炊きの方がよく出来ます。それに堅木(かたぎ)の薪で炊いた御飯と軟(やはら)かい木の薪で炊いた御飯とは出来栄えが大層違ひまして、軟らかい木で炊いた御飯の方がどうしても早く腐ります。
記者『昔志那(しな)の食道楽家(しょくだうらくか)は外(ほか)で御飯を食べた時「これ老薪(らうしん)の炊(かし)ぐ所なり」と薪の悪いといふのを知ったといふ有名な話がありますが、薪の善悪で御飯の味がそれ程に違ふものでせうかね。しかし御飯の悪くなるのは一つはその家屋の構造(こうざう)や場所にも依(よ)りませうからどうしても御飯の悪くなるやうな時にはなにか外に工風はありますまいか。
夫人『では御飯を炊く時梅干を一つお入れになると宜(よ)うございます。
記者『水炊きならばお米と一緒に入れませうが、湯炊きの方はいつ入れます。
夫人『それもお米を入れる時一緒に入れて宜(よ)うございます。それから御飯を炊いて火を引(ひ)いた後(のち)蒸(む)らし方が肝心(かんじん)で、お釜の蓋(ふた)の重いのを貴(たっと)びますのは御飯がよく蒸れるからです。御飯は全體(ぜんたい)煮ると云うよりも蒸すと云ふ方が宜い位なもので、よく蒸せて心(しん)まで柔(やはらか)くなった方が味もよし腐りも遅うございます。しかし蒸すといふにも程のあったもので、あんまり蒸し過ぎると御飯の腰が抜けて味がなくなりますからそれもよく気をつけなければなりません。
記者『今のお話に蒸し炊きと云ふことがありますが、それはどうします。
夫人『それはお米を先(ま)ず蒸籠(せいろう)で蒸して桶(をけ)の中へ入れます。そこへすぐに沸湯(にえゆ)をお米とヒタヒタ位に注(つ)いで蓋をして三十分程置きます。さうするとお米が大層膨(ふく)れて大きくなりますから、それをもう一度蒸籠へ入れて蒸して食べます。
記者『私が田舎(いなか)に居(ゐ)る時分(じぶん)、学校(がくかう)生徒連中(れんぢう)大勢(おほぜい)で遠足でもすると宿屋でよく蒸した御飯を出しますが迚(とて)も澤山(たくさん)は食べられません。味の悪いのと硬(こは)いので閉口(へいこう)した事があります。
夫人「おほゝゝゝ、それは必(かなら)ず一度蒸したばかりのを出したのでせう。二度蒸しにすると決(けっ)してそんなに硬(こは)いことはありません。そのかはり御飯の粘り気(ねばりけ)が抜けて極(ご)くサラサラしたものができますから粘り気のあるのを好(この)む人には向きませんが、サラサラした御飯を好む人は大喜(おほよろこ)びでこの蒸し炊きを食べます。私の懇意(こんい)な人に胃病(ゐびゃう)の爲(た)めに粘り気のある御飯が食べられないと云ふので外国米(ぐわいこくまい)を食べて居た人がありますが、この蒸し炊きの法(ほふ)をお話したら大層喜んでその通りに日本米を炊いた人があります。
Posted by ひimagine at 15:25│Comments(0)
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