2018年10月22日

弦斎夫人の料理談 その11

馬鈴薯(じゃがゐも)は如何(いか)に料理(れうり)するか

記者『この頃(ごろ)は新(しん)の馬鈴薯(じゃがゐも)が澤山(たくさん)出ますがあれはどうして食べたら宜(よ)うございませう

夫人『新の馬鈴薯はゆで方が肝心(かんじん)です。古い馬鈴薯は水(みづ)からゆでますけれども新の馬鈴薯は先(ま)づ湯をグラグラと煮立(にた)たせてその中へ薯(ゐも)を入れて少なくとも三十分間以上(いじゃう)ゆでなければなりません。ゆで方が少ないと馬鈴薯(じゃがゐも)がネバネバして心(しん)に硬(こは)い處(ところ)があって美味(おい)しくありません。三十分間ゆでた後(のち)お砂糖(さたう)を入れて二十分間煮(に)てその次に鹽(しお)を入れて又(また)十分間煮ます。つまり一時間かかって煮なければ美味しくは出來ません。

記者『馬鈴薯(じゃがゐも)が極(ご)く上等(じゃうとう)なお料理(れうり)になりませうか。

夫人『それはいくらでも上等なものになります。馬鈴薯ばかりのお料理も四十通(とほ)りや五十通(とほ)り位はありますが、その中(うち)で手軽に出来て美味しいのはパンケーキでせう。

記者『それはどうして拵(こしら)へます

夫人『それは先(ま)づ馬鈴薯(じゃがゐも)をゆでて裏漉(うらご)しにします。その漉(こ)した薯(ゐも)を大匙(おほさじ)に三杯だけ兜鉢(かぶとばち)の中(なか)へ入れます。そこへメリケン粉(こ)大匙一杯と砂糖大匙一杯と鹽(しを)少しとを加(くは)へます。それから先(ま)づ生(なま)玉子を一つ落(おと)して杓子(しゃくし)でよく掻(か)き廻(まは)します。それからまた生玉子を一つ落して掻き廻して、もう一度生玉子を入れます。つまり三つの玉子を三度に入れて混ぜます。それから牛乳(ぎうにう)を少しづつ幾度(いくど)にも凡(およ)そ大匙七杯ほど加(くは)へて行(い)くとドロドロのものが出來ます。別にフライ鍋(パン)にバターを溶かして、それがよく煮立ったとき、今のものを先(ま)づ四分の一位あけて片側(かたがは)が焼けたら裏返して、又片側を焼きます。さうすれば四人前出來る勘定(かんじゃう)ですが一枚づつ中へジャムを入れて柏餅(かしはもち)のように包んで温(あたた)かい中(うち)に食べますと美味しうございます。

記者『どの位に焼きますか

夫人『あんまり焼き過ぎるといけません。少し色が變(かは)って來た位な處で宜うございます。出す時にはその上(うへ)にお砂糖(さたう)をおかけになると尚(なほ)美味しうございます。

記者『かぅ云(い)ふお料理(れうり)はお話を伺(うかが)ったばかりではよく分かりませんから實物(じつぶつ)の御馳走(ごちそう)に預(あづか)りたいものですね。

夫人『おほほほほ、では早速(さっそく)拵(こしら)へて差上(さしあ)げませう、頬(ほほ)の落ちないやうに御用心(ごようじん)なさいまし。
  

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2018年10月19日

弦斎夫人の料理談 その10

糠味噌は如何に造るか

記者『糠味噌と云へば先日(せんじつ)私(わたくし)どもで新しい糠味噌を作りましたが何分(なにぶん)にも味(あぢ)が悪くっていけませんでした。糠味噌を新しく拵(こしら)へるにはどう云う風に致したものでせう。

夫人『糠味噌の拵へ方はいろいろありますけれども一番宜(よ)いのは先(ま)づ古い糠を一升普通(なみ)の篩(ふるひ)でよくふるってそれから焙烙(はうろく)でよく炒(い)ります。

記者『おっと少しお待ちください。古い糠とお云ひですが新しい糠ではいけませんか。

夫人『糠の新しいのは酸敗(さんはい)していけませんから澤庵(たくあん)を漬ける時でも糠味噌を拵へる時でも糠は古いのに限ったものです。

記者『さう云う譯(わけ)ですかね。糠を炒った後はどう致します。

夫人『一升の糠がよく炒れたらばそこへ一合(いちがう)の鹽(しほ)を交(ま)ぜて桶(をけ)の中へ入れて置きます。別にお米を磨(と)いだ白水(しろみづ)の一番濃い處(ところ)を一旦煮立ててそれを冷(さ)まして置きます。冷めた時前の糠の中へ宜(い)い加減に注(さ)して糠と白水とをよく混ぜるとそれで出来ます。

記者『その方法で拵へたのは幾日(いくにち)位(くらゐ)から美味(おい)しく食べられませう。

夫人『毎日野菜を漬けて行(ゆ)くと一週間目位からよく慣(な)れて味がでます。しかし糠味噌の新しいのはどうしても古い糠味噌ほど美味(おい)しくありませんから、今の方法で新しい糠味噌を拵へたら御懇意(ごこんい)な家(うち)から古い糠味噌を少しでもお貰(もら)ひなすって今のものの中へ混(ま)ぜてお置きなさるのが一番宜(よ)うございます。

記者『懇意な家で古い糠味噌を貰ふことの出来なかった塲合(ばあひ)はどうしたものでせう。

夫人『その時は新しい糠味噌へ一番最初に澤庵を五六本ばかり洗はずにその儘(まま)漬けて置くと早く慣れます

記者『糠味噌には折折(をりをり)足(た)し糠をしますがあれにも古い糠が宜(よ)うございませうか。

夫人『左様(さう)です。やっぱり古い糠を一旦炒ってお入れなさる方が宜うございます。それに醤油(しゃうゆ)の残滓(おり)だの味噌漬けの味噌だの燗冷(かんざ)ましのお酒だのそんなものの残ったのは少し位づつ糠味噌へ入れると味がよくなります。しかし、あんまり澤山入れてはいけません。

記者『胡瓜(きうり)を糠味噌へ漬けると折折(をりをり)苦(にが)いのがありますが、あれはどうしたら苦味(にがみ)が抜けませう

夫人『胡瓜は切口(きりくち)の方を上(うへ)に向けてその切口を糠味噌とすれすれに立てて置くと苦味が抜けます。それから胡瓜の切口に重炭酸曹達(おうたんさんそーだ)を少し塗って漬けても宜うございます。しかし胡瓜は曲がったのや色の黒ずんだのはどうしても苦味がありますからそんなものは最初から使はない方が宜うございます。。
  

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2018年10月17日

弦斎夫人の料理談 その9

御飯は如何(いか)にしてお櫃(ひつ)に移すべきか


記者『御飯の炊き方はそれで分(わか)りましたがお櫃へ移(うつ)す時にもいろいろ心得(こころえ)がありませうね。

夫人『左様(さよう)です。お櫃は第一に古い程(ほど)御飯の保(も)ちが宜(よ)いので新しいお櫃はどうしても御飯が悪くなります。それにお櫃がよく乾いた處(ところ)へ御飯を移さなければいけません。朝炊く御飯には前の晩に乾かしたお櫃を使(つか)ふやうにするのが肝心です。

記者『ところが雨の降る日なんぞはお櫃が乾かないで困りますが火であぶって乾かしたのはどうでせう。

夫人『火であぶっても構(かま)ひませんがそのかはりその温度が冷(さ)めたところへ御飯を移さなければなりません。お櫃のまだ暖かいところへ御飯を移すとそれが爲(ため)に悪くなります。

記者『御飯は一度腐り出すと毎日癖がついて腐るようですがあれはどう云ふものでせう。

夫人『それは一度でも御飯の腐ったお櫃を水でザッと洗ってその儘(まま)使ふからです。さう云ふお櫃はグラグラ沸(に)立った湯を澤山(たくさん)注(つ)いでよく洗ってよく乾かしてから再び使ふやうにしなければいけません。つまり熱湯消毒(ねったうせうどく)をして腐敗菌を殺して了(しま)ふのです。それにこのお櫃は一旦日光(にっくわう)に干せば自然と日光消毒(にっくわうせうどく)になります。

記者「なかなかむづかしいものですね。その外にもまだご飯を腐らせない工風(くふう)がありませうか。

夫人『御飯を移す時お櫃の底へ梅干を一つ入れて置くのも御飯の腐り方を防ぎます。

記者『御飯の腐ったのは使ひ道がありませんか。

夫人『少し位(くらい)なら糠味噌(ぬかみそ)へ入れると糠味噌の味がよくなります。
  

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2018年10月15日

弦斎夫人の料理談 その8

随分間が開いてしまいました。ご勘弁ください。


御飯の炊き方には如何(いか)なる(くべつ)区別あるか

記者『お米の磨(と)ぎ方はそれで分かりましたが、炊(た)き方にもいろいろの区別がありませうね。

夫人『ハイ、御飯の炊き方には水炊きと湯(ゆ)炊きと蒸(むし)炊きとの区別があります。

記者『そんなにいろいろな炊き方がありますか。水炊きと云ふのは普通の御飯のやうに水から仕掛けて置いて炊くのでせうが湯炊きと云ふのはどうします。

夫人『湯炊きと申(もを)すと一升の御飯を炊くなら一升二合ほどの水を先(ま)ずお釜でグラグラ煮立たせてそこへお米を入れて炊くのです。御飯の味はこの湯炊きが一番美味しいもので、それに御飯の出来損じがありませんし、御飯がよく出来るから夏も腐り方が遅うございます。

記者『成程(なるほど)、食道楽(しょくだうらく)の歌に「炭で炊く飯(めし)は水からかけるなよ湯炊きにせねば下がこげつく」と云ふことのあるのを記憶して居りますが、炭で炊く御飯は湯炊きに限りますか。

夫人『器械竈(きかいがま)で炊く時は炭を使ひますから湯炊きに限りますが薪(まき)で炊くのも湯炊きの方がよく出来ます。それに堅木(かたぎ)の薪で炊いた御飯と軟(やはら)かい木の薪で炊いた御飯とは出来栄えが大層違ひまして、軟らかい木で炊いた御飯の方がどうしても早く腐ります。

記者『昔志那(しな)の食道楽家(しょくだうらくか)は外(ほか)で御飯を食べた時「これ老薪(らうしん)の炊(かし)ぐ所なり」と薪の悪いといふのを知ったといふ有名な話がありますが、薪の善悪で御飯の味がそれ程に違ふものでせうかね。しかし御飯の悪くなるのは一つはその家屋の構造(こうざう)や場所にも依(よ)りませうからどうしても御飯の悪くなるやうな時にはなにか外に工風はありますまいか。

夫人『では御飯を炊く時梅干を一つお入れになると宜(よ)うございます。

記者『水炊きならばお米と一緒に入れませうが、湯炊きの方はいつ入れます。

夫人『それもお米を入れる時一緒に入れて宜(よ)うございます。それから御飯を炊いて火を引(ひ)いた後(のち)蒸(む)らし方が肝心(かんじん)で、お釜の蓋(ふた)の重いのを貴(たっと)びますのは御飯がよく蒸れるからです。御飯は全體(ぜんたい)煮ると云うよりも蒸すと云ふ方が宜い位なもので、よく蒸せて心(しん)まで柔(やはらか)くなった方が味もよし腐りも遅うございます。しかし蒸すといふにも程のあったもので、あんまり蒸し過ぎると御飯の腰が抜けて味がなくなりますからそれもよく気をつけなければなりません。

記者『今のお話に蒸し炊きと云ふことがありますが、それはどうします。

夫人『それはお米を先(ま)ず蒸籠(せいろう)で蒸して桶(をけ)の中へ入れます。そこへすぐに沸湯(にえゆ)をお米とヒタヒタ位に注(つ)いで蓋をして三十分程置きます。さうするとお米が大層膨(ふく)れて大きくなりますから、それをもう一度蒸籠へ入れて蒸して食べます。

記者『私が田舎(いなか)に居(ゐ)る時分(じぶん)、学校(がくかう)生徒連中(れんぢう)大勢(おほぜい)で遠足でもすると宿屋でよく蒸した御飯を出しますが迚(とて)も澤山(たくさん)は食べられません。味の悪いのと硬(こは)いので閉口(へいこう)した事があります。

夫人「おほゝゝゝ、それは必(かなら)ず一度蒸したばかりのを出したのでせう。二度蒸しにすると決(けっ)してそんなに硬(こは)いことはありません。そのかはり御飯の粘り気(ねばりけ)が抜けて極(ご)くサラサラしたものができますから粘り気のあるのを好(この)む人には向きませんが、サラサラした御飯を好む人は大喜(おほよろこ)びでこの蒸し炊きを食べます。私の懇意(こんい)な人に胃病(ゐびゃう)の爲(た)めに粘り気のある御飯が食べられないと云ふので外国米(ぐわいこくまい)を食べて居た人がありますが、この蒸し炊きの法(ほふ)をお話したら大層喜んでその通りに日本米を炊いた人があります。
  

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2018年08月19日

弦斎夫人の料理談 その7

御飯(ごはん)の腐りは如何に防ぐか(七月記)

記者『追追(おいおい)暑くなりますと御飯や何(なん)かが腐っていけませんが、何(なに)か料理(れうり)の工夫で御飯の早く腐らないようには出来ますまいか。

夫人『ハイ、それは随分(ずいぶん)出来ます。第一がお米の磨(と)ぎ方から注意(ちうい)しなければなりません。お米を磨ぐには手早(てばや)く丁寧(ていねい)によく綺麗になるまで磨いて幾度(いくど)も水(みづ)でゆすがなければなりませんが、不性(ぶしゃう)なお三どんに頼(たの)みますとグズグズと磨(と)いでチョコチョコとしまひますからお米がふやけたり割れたりしていけません。手早くして綺麗に磨ぐのが肝心です。それにゆすぎ方も水がすっかり澄んで濁った白い水の出ないように洗(あら)はなければなりません。先頃(さきごろ)も或(あ)る懇意(こんい)な家(うち)でどうしても御飯の出来が悪いからと其(その)原因を糺(ただ)したら丁度(ちゃうど)寒い時分でお三どんが水の冷たいのを厭(いと)った爲(ため)にお米を磨ぐ時(とき)お湯を入れたさうです。そんなお三どんにお米を磨がせたら決してよく磨げる筈(はず)がありません。

記者「お米は炊(た)く時に磨ぎますか、それとも炊く前(まへ)に磨いで何時間も置きますか。

夫人『お晝(ひる)に炊く御飯なら朝磨(と)いで水に漬(つ)けて置きますが、その水で炊いてはいけません。いざ炊くと云ふ時に汲(く)み置きの水で二度も三度もよくゆすいでお釜に仕掛(しか)けるのが何よりも肝心です。

記者『さう云(い)ふ場合に漬けてある水でその儘(まま)炊くほうがこくが減らないと云ふ説もありますがどうでせう。

夫人『滋養分(じやうぶん)の方(ほう)から申(まを)したらお米を洗って白い水を流すのはそれだけお米の滋養分を捨てるやうな譯(わけ)ですけれども漬けた水で炊きますと水の中へ自然と悪いものが交(ま)じって入(はい)ると見えてどうしても早く腐ります。

記者『今のお話に汲み置きの水(みづ)でゆすいでお釜に仕掛けると云ふことがありますが、どういふ譯で汲み置きの水を使ふのですか。

夫人『それは汲み置きの水に限(かぎ)るもので井戸(ゐど)から汲み立ての水は硬水(かうすひ)と云っていろいろな礦物質(くわうぶっしつ)が混(こん)じて居(お)ります。水の質も自然と荒くなって居りますから、それを軟水にする爲汲み置きに致します。さうすれば水の中の礦物質(くわうぶっしつ)は自然と下の方へ沈殿(ちんでん)する譯ですから水の底の方を残して上(うへ)の方だけを使(つか)はなければなりません。

記者『水道の水を使ふ時にもやはり汲み置きがいいでせうか。

夫人『水道の水は軟水になって居(ゐ)ますけれども、それでも汲み置きにして埃(ほこり)や何(なに)かを沈殿させた方が宜(よ)うございます。よく試(た)めして御覧(御覧)なさい。井戸から汲み立ての水で炊いた御飯と汲み置きの水で炊いた御飯とはその點(てん)だけでも腐り方が大層(たいそう)違(ちが)ひますよ。

記者『さう云ふものですかね。
  

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2018年08月17日

弦斎夫人の料理談 その6

パンと玉子は如何(いか)にするか

記者『第五日目(いつかめ)は矢(や)っ張(ぱ)りパンのお料理(れうり)ですか。

夫人『パンのお料理はまだフェタスだのスカンプルエッグだのオイスタートースだのといろいろありますが、どれにしませうかね。

記者『極(ご)く手軽でさっぱりしたのを願(ねが)ひます。。

夫人『まづパンを焼いて、バターを引きます。玉子を煮立った湯の中(なか)へ割って落(おと)して半熟になった處(ところ)をパンの上に載(の)せて塩を振りかけて出します。

記者『成程(なるほど)それはさっぱりして居(ゐ)ませうね。

  

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2018年08月14日

弦斎夫人の料理談 その5

パンと牛乳(ぎうにう)は如何(いか)にするか

記者『第四日目(よっかめ)は。

夫人『パンのジャーマントースに致(いた)しませう。

記者『大層(たいそう)むづかしい名(な)ですね。

夫人『名はむづかしくっても拵(こしら)へ方は何でもありません。先(ま)づ玉子の黄身二つと一合(がふ)の牛乳とをよく混ぜて塩と砂糖で味をつけます。そこへパンを十分間位漬けて置くとパンが大層膨(ふく)れます。フライ鍋(パン)へバターを引いて今のパンを両面とも少し焼きます。これは温かい中(うち)に砂糖を少し振りかけて食べるのが宜うございます。
  

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2018年08月11日

弦斎夫人の料理談 その4

パンの料理(れうり)は如何(いか)にするか

記者『第三日目(みっかめ)にはどう致(いた)しませうか

夫人『パンのソースかけが宜(よ)うございませう。それは手軽にするとパンを三分(さんぶ)くらいな厚さに切って一旦(いったん)焼いて小さく切ってスープ皿へ入れます。一合(がふ)の牛乳(ぎうにう)を煮立ててほんの少しの塩と砂糖を加(くは)えたら葛(くず)を大匙(おおさじ)半分程(ほど)水で溶いて牛乳に混ぜます。葛がかへったらそれをパンへかけて出します。葛のかはりに西洋(せいやう)のコンフラワを使(つか)へば尚(なほ)上等(じゃうとう)ですが、その方(ほう)はかへる時間が葛の三倍かかります。それからもっと美味しくするには葛がかへった時玉子の黄身を一つ入れて手早く掻き回してパンへかけます。

記者『今のは手軽な法(ほふ)ですが、手重(ておも)な法はどう致しますか。

夫人『このソースを上等にしますと、まづバターを大匙一杯ほどソース鍋で溶かしてよく煮立(にた)たせます。そこへコンフラワならば上等ですし或(あるひ)はメリケン粉でも宜うございますから大匙に半分入れてよく気長に叮寧(ていねい)にいためます。

記者『それはチトむづかしうございます。

夫人『ナニお慣(な)れになると何でもありませんがバターが生煮(なまに)えですと後でバター臭(くさ)くなりますし、いためやうが足りないと味が重くなります。杓子(しゃくし)でよくよくいためて一合の牛乳を注(さ)して塩と砂糖で味をつけます。それを前(まへ)の通(とほ)りに焼いたパンにかければ宜いのです。その外(ほか)にまだソースの種類は沢山ありますが、みんな少し面倒(めんだう)になります。

  

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2018年08月08日

弦斎夫人の料理談 その3

パンは如何(いか)に食(しょく)するか

記者『第一日(じつ)が大層(たいそう)長くなりましたが第二日目(にちめ)はパンと牛乳に致(いた)しませうか。私(わたくし)どもではパンを一斤(きん)買っておくと三日も四日もありますから新しい中(うち)はバターを付けて食べますが古くなると焼いてトーストにします。

夫人『それは丸で反対ですね。パンは新しいと鬆(す)の中に水氣(みずけ)を含んで居(ゐ)て胃液と抱合(はうがふ)しませんから新しい中(うち)は焼いてトーストにしなければなりません。古くなれば焼かないでも宜(よ)うございます。

記者『それは大(おほ)きに間違(まちがひ)でしたね。しかし、あんまり古くなったのは固くって困りますから焼いたほうが美味(おい)しい)様(やう)ですけれども、その焼き方にも何か方法(ほうほふ)がありますか。

夫人『胃の悪い人が召上がるにはパンを薄く切って遠火(とほび)で氣長(きなが)に焼かなければいけません。それをよく噛んで召上るのが一番宜(よ)いと申します。

記者『それへバターをつけても宜うございますか。

夫人『バターをつけるなら途中(とちう)で塗(ぬ)ってそれから火の上でバターを悉皆(すっかり)浸(し)み込む様(やう)に焼かなければいけません。バターを塗ってからは猶(なほ)遠火(とほび)にしないと融けてジュージューと火の上に落ちます。

記者『パンと牛乳(ぎうにう)と果物を用(もち)ゐるとして置いても果物の無い時には玉子を食べる事もありますが胃の悪い時は玉子も腹(はら)に持たれますね。

夫人『さういふ時には玉子の黄身ばかりをコップの中へ割って置いて少し砂糖(さたう)を交(ま)ぜて箸でよく掻き廻(まは)します。そこへグラグラ煮立って居(ゐ)る牛乳(ぎうにう)を注(つ)いでよく交(ま)ぜますとなかなか美味しうございます。
  

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2018年08月05日

弦斎夫人の料理談 その2

味噌汁は如何(いか)に立てるか

記者『先(ま)づ第一日(じつ)は何ですか。

夫人『第一日は尋常(じんじょう)普通の御飯(ごはん)にして味噌汁と香(かう)の物と梅干位を添(そ)へることに致しませう。それから生の果物を召上ることは御随意(ごずい)です。

記者『その味噌汁にも味の宜(よ)いのと悪いのがありますが美味しい味噌汁はどうしたら宜うございませう。

夫人『それは味噌の善悪(ぜんあく)に依(よ)りますけれども一つは味噌汁の立て方や煮方も肝心(かんじん)です。味噌汁は第一に立て方で味が違ひます。最初味噌ばかりをよく叮嚀(ていねい)に摺(す)ってそれが悉皆(すっかり)こなれたところで少しづつ水をさして行きませんと美味しくなりません。無性(ぶしゃう)なお三(さん)どんにまかせると少し摺って直ぐ水をさす方が楽ですから水を注してぐるぐると摺ります。あれでは味噌の味がよく出ません。それから今度は煮方が大切で火にかけて煮立ったところへ鰹節(かつをぶし)を入れたらサッと煮て上に浮いて来るアクを取って實(み)を入れます。實が煮えた時直ぐに出さないと美味しくありません。長く煮過ぎては味噌の味が抜けますし、一旦火から下(おろ)したものを又火にかけて温めて出す様(やう)では尚更(なおさら)味が悪くなります。

記者『私なぞは朝寝坊の方ですから二度も三度も温め直した味噌汁を食べるので美味しい譯(わけ)はありません。殊(こと)に味噌汁の薄いのと来ては湯を飲むようで實(じつ)に閉口(へいこう)です。

夫人『ですから料理の心得に味噌汁は濃いめに立てろ、吸物は淡(うす)めに立てろと申します。味噌汁の濃いのは湯を注(さ)しても直りますし、吸物の淡いのは塩を注しても直りますが、淡い味噌汁へ味噌を入れたら丸で味がありませんし、濃い吸物へ水(みづ)を注したら水っぽくなって食べられません。味噌汁の實に豆腐なんどを使ふ時には濃いめに立てておかないと豆腐から水が出て薄くなります。

記者『豆腐を實に入れた味噌汁はあんまり感心致しませんね。

夫人『どう致しまして、濱名(はまな)納豆(なっとう)を摺込んだ味噌汁なんどはお豆腐の實が一番よく合ふもので誰でもおかはりが欲しくなります。

記者『そんな味噌汁がありますか。

夫人『濱名納豆を少し摺(すり)鉢(ばち)でよく摺ってそこへ味噌を入れてよく摺り交ぜた味噌汁は實に結構なものです。

記者『濱名納豆は滅多に得(え)られませんが普通の味噌汁を美味しく立てる法がありますか。

夫人『三州味噌と普通のから味噌と半半に混ぜると美味しくなります。

記者『三州味噌とはどんなものです。

夫人『三河の國から来る味噌で、あの辺は豆が宜い爲、味噌がよく出来ます。三州味噌の中でも岡崎の八丁味噌が宜いのですし、八丁味噌の中でも太田製が一番上(じゃう)等(とう)です。

記者『三州味噌もなし田舎のから味噌ばかりで、から過ぎた時はどうします。

夫人『それには味噌汁が煮立った時ほんの少しの白砂糖をお入れなさい。

記者『折折(をりをり)味噌汁が酸(す)っぱくて困る事がありますね。

夫人『それは味噌が酸敗(さんぱい)したのですから煮立った時、重炭酸曹達(ソーダ)を少し入れるとシューと泡が立ちます。その泡を掬(すく)ひ取ると酸味(すみ)が忽(たちま)ち消えます。

記者『お魚を實に入れると味噌汁が美味しくなりますね。

夫人『お魚の味噌汁は普通のと違って、二時間以上も煮通さなければ宜い味が出ません。全體(ぜんたい)ならお魚の味噌汁は前の晩に極く薄く立てて二時間も煮通(にとほ)して翌日又煮て出した方が美味しくなります。鯉の濃漿(こくしゃう)なんどは晩に煮てその鍋を一晩地(ち)の上に置いて翌日又煮て出すと宜うございます。しかし斯(か)ういふ風に長く置くのは必ず鐵(てつ)鍋(なべ)を用(もち)ゐなければいけません。真鍮(しんちう)や銅(あかがね)の鍋を用いたら、それこそ中毒(ちうどく)を起こして大變(たいへん)です。それから魚もイナや鰡(ぼら)の類(るい)は一旦焼いて入れた方が宜うございます。

記者『今のお話に香(かふ)の物といふ事がありましたが澤庵(たくあん)などは不消化(ふせうくわ)だと云って食べない人がありますね。

夫人『御飯の時には香の物を召(めし)上(あが)らないと祕結(ひけつ)していけません。お米は祕結性のものですし澤庵は下剤ですから双方よく合ふのです。

記者『梅干も何かの効(かう)がありますか。

夫人『梅干は殺虫剤にもなるし鉛毒も消しますし湿気(しっき)も払ひますし大層胃の爲にお薬ださうです。
  

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