2018年08月19日

弦斎夫人の料理談 その7

御飯(ごはん)の腐りは如何に防ぐか(七月記)

記者『追追(おいおい)暑くなりますと御飯や何(なん)かが腐っていけませんが、何(なに)か料理(れうり)の工夫で御飯の早く腐らないようには出来ますまいか。

夫人『ハイ、それは随分(ずいぶん)出来ます。第一がお米の磨(と)ぎ方から注意(ちうい)しなければなりません。お米を磨ぐには手早(てばや)く丁寧(ていねい)によく綺麗になるまで磨いて幾度(いくど)も水(みづ)でゆすがなければなりませんが、不性(ぶしゃう)なお三どんに頼(たの)みますとグズグズと磨(と)いでチョコチョコとしまひますからお米がふやけたり割れたりしていけません。手早くして綺麗に磨ぐのが肝心です。それにゆすぎ方も水がすっかり澄んで濁った白い水の出ないように洗(あら)はなければなりません。先頃(さきごろ)も或(あ)る懇意(こんい)な家(うち)でどうしても御飯の出来が悪いからと其(その)原因を糺(ただ)したら丁度(ちゃうど)寒い時分でお三どんが水の冷たいのを厭(いと)った爲(ため)にお米を磨ぐ時(とき)お湯を入れたさうです。そんなお三どんにお米を磨がせたら決してよく磨げる筈(はず)がありません。

記者「お米は炊(た)く時に磨ぎますか、それとも炊く前(まへ)に磨いで何時間も置きますか。

夫人『お晝(ひる)に炊く御飯なら朝磨(と)いで水に漬(つ)けて置きますが、その水で炊いてはいけません。いざ炊くと云ふ時に汲(く)み置きの水で二度も三度もよくゆすいでお釜に仕掛(しか)けるのが何よりも肝心です。

記者『さう云(い)ふ場合に漬けてある水でその儘(まま)炊くほうがこくが減らないと云ふ説もありますがどうでせう。

夫人『滋養分(じやうぶん)の方(ほう)から申(まを)したらお米を洗って白い水を流すのはそれだけお米の滋養分を捨てるやうな譯(わけ)ですけれども漬けた水で炊きますと水の中へ自然と悪いものが交(ま)じって入(はい)ると見えてどうしても早く腐ります。

記者『今のお話に汲み置きの水(みづ)でゆすいでお釜に仕掛けると云ふことがありますが、どういふ譯で汲み置きの水を使ふのですか。

夫人『それは汲み置きの水に限(かぎ)るもので井戸(ゐど)から汲み立ての水は硬水(かうすひ)と云っていろいろな礦物質(くわうぶっしつ)が混(こん)じて居(お)ります。水の質も自然と荒くなって居りますから、それを軟水にする爲汲み置きに致します。さうすれば水の中の礦物質(くわうぶっしつ)は自然と下の方へ沈殿(ちんでん)する譯ですから水の底の方を残して上(うへ)の方だけを使(つか)はなければなりません。

記者『水道の水を使ふ時にもやはり汲み置きがいいでせうか。

夫人『水道の水は軟水になって居(ゐ)ますけれども、それでも汲み置きにして埃(ほこり)や何(なに)かを沈殿させた方が宜(よ)うございます。よく試(た)めして御覧(御覧)なさい。井戸から汲み立ての水で炊いた御飯と汲み置きの水で炊いた御飯とはその點(てん)だけでも腐り方が大層(たいそう)違(ちが)ひますよ。

記者『さう云ふものですかね。
  

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2018年08月17日

弦斎夫人の料理談 その6

パンと玉子は如何(いか)にするか

記者『第五日目(いつかめ)は矢(や)っ張(ぱ)りパンのお料理(れうり)ですか。

夫人『パンのお料理はまだフェタスだのスカンプルエッグだのオイスタートースだのといろいろありますが、どれにしませうかね。

記者『極(ご)く手軽でさっぱりしたのを願(ねが)ひます。。

夫人『まづパンを焼いて、バターを引きます。玉子を煮立った湯の中(なか)へ割って落(おと)して半熟になった處(ところ)をパンの上に載(の)せて塩を振りかけて出します。

記者『成程(なるほど)それはさっぱりして居(ゐ)ませうね。

  

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2018年08月14日

弦斎夫人の料理談 その5

パンと牛乳(ぎうにう)は如何(いか)にするか

記者『第四日目(よっかめ)は。

夫人『パンのジャーマントースに致(いた)しませう。

記者『大層(たいそう)むづかしい名(な)ですね。

夫人『名はむづかしくっても拵(こしら)へ方は何でもありません。先(ま)づ玉子の黄身二つと一合(がふ)の牛乳とをよく混ぜて塩と砂糖で味をつけます。そこへパンを十分間位漬けて置くとパンが大層膨(ふく)れます。フライ鍋(パン)へバターを引いて今のパンを両面とも少し焼きます。これは温かい中(うち)に砂糖を少し振りかけて食べるのが宜うございます。
  

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2018年08月13日

初盆

母親の初盆です。


  

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2018年08月11日

弦斎夫人の料理談 その4

パンの料理(れうり)は如何(いか)にするか

記者『第三日目(みっかめ)にはどう致(いた)しませうか

夫人『パンのソースかけが宜(よ)うございませう。それは手軽にするとパンを三分(さんぶ)くらいな厚さに切って一旦(いったん)焼いて小さく切ってスープ皿へ入れます。一合(がふ)の牛乳(ぎうにう)を煮立ててほんの少しの塩と砂糖を加(くは)えたら葛(くず)を大匙(おおさじ)半分程(ほど)水で溶いて牛乳に混ぜます。葛がかへったらそれをパンへかけて出します。葛のかはりに西洋(せいやう)のコンフラワを使(つか)へば尚(なほ)上等(じゃうとう)ですが、その方(ほう)はかへる時間が葛の三倍かかります。それからもっと美味しくするには葛がかへった時玉子の黄身を一つ入れて手早く掻き回してパンへかけます。

記者『今のは手軽な法(ほふ)ですが、手重(ておも)な法はどう致しますか。

夫人『このソースを上等にしますと、まづバターを大匙一杯ほどソース鍋で溶かしてよく煮立(にた)たせます。そこへコンフラワならば上等ですし或(あるひ)はメリケン粉でも宜うございますから大匙に半分入れてよく気長に叮寧(ていねい)にいためます。

記者『それはチトむづかしうございます。

夫人『ナニお慣(な)れになると何でもありませんがバターが生煮(なまに)えですと後でバター臭(くさ)くなりますし、いためやうが足りないと味が重くなります。杓子(しゃくし)でよくよくいためて一合の牛乳を注(さ)して塩と砂糖で味をつけます。それを前(まへ)の通(とほ)りに焼いたパンにかければ宜いのです。その外(ほか)にまだソースの種類は沢山ありますが、みんな少し面倒(めんだう)になります。

  

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2018年08月08日

弦斎夫人の料理談 その3

パンは如何(いか)に食(しょく)するか

記者『第一日(じつ)が大層(たいそう)長くなりましたが第二日目(にちめ)はパンと牛乳に致(いた)しませうか。私(わたくし)どもではパンを一斤(きん)買っておくと三日も四日もありますから新しい中(うち)はバターを付けて食べますが古くなると焼いてトーストにします。

夫人『それは丸で反対ですね。パンは新しいと鬆(す)の中に水氣(みずけ)を含んで居(ゐ)て胃液と抱合(はうがふ)しませんから新しい中(うち)は焼いてトーストにしなければなりません。古くなれば焼かないでも宜(よ)うございます。

記者『それは大(おほ)きに間違(まちがひ)でしたね。しかし、あんまり古くなったのは固くって困りますから焼いたほうが美味(おい)しい)様(やう)ですけれども、その焼き方にも何か方法(ほうほふ)がありますか。

夫人『胃の悪い人が召上がるにはパンを薄く切って遠火(とほび)で氣長(きなが)に焼かなければいけません。それをよく噛んで召上るのが一番宜(よ)いと申します。

記者『それへバターをつけても宜うございますか。

夫人『バターをつけるなら途中(とちう)で塗(ぬ)ってそれから火の上でバターを悉皆(すっかり)浸(し)み込む様(やう)に焼かなければいけません。バターを塗ってからは猶(なほ)遠火(とほび)にしないと融けてジュージューと火の上に落ちます。

記者『パンと牛乳(ぎうにう)と果物を用(もち)ゐるとして置いても果物の無い時には玉子を食べる事もありますが胃の悪い時は玉子も腹(はら)に持たれますね。

夫人『さういふ時には玉子の黄身ばかりをコップの中へ割って置いて少し砂糖(さたう)を交(ま)ぜて箸でよく掻き廻(まは)します。そこへグラグラ煮立って居(ゐ)る牛乳(ぎうにう)を注(つ)いでよく交(ま)ぜますとなかなか美味しうございます。
  

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2018年08月05日

弦斎夫人の料理談 その2

味噌汁は如何(いか)に立てるか

記者『先(ま)づ第一日(じつ)は何ですか。

夫人『第一日は尋常(じんじょう)普通の御飯(ごはん)にして味噌汁と香(かう)の物と梅干位を添(そ)へることに致しませう。それから生の果物を召上ることは御随意(ごずい)です。

記者『その味噌汁にも味の宜(よ)いのと悪いのがありますが美味しい味噌汁はどうしたら宜うございませう。

夫人『それは味噌の善悪(ぜんあく)に依(よ)りますけれども一つは味噌汁の立て方や煮方も肝心(かんじん)です。味噌汁は第一に立て方で味が違ひます。最初味噌ばかりをよく叮嚀(ていねい)に摺(す)ってそれが悉皆(すっかり)こなれたところで少しづつ水をさして行きませんと美味しくなりません。無性(ぶしゃう)なお三(さん)どんにまかせると少し摺って直ぐ水をさす方が楽ですから水を注してぐるぐると摺ります。あれでは味噌の味がよく出ません。それから今度は煮方が大切で火にかけて煮立ったところへ鰹節(かつをぶし)を入れたらサッと煮て上に浮いて来るアクを取って實(み)を入れます。實が煮えた時直ぐに出さないと美味しくありません。長く煮過ぎては味噌の味が抜けますし、一旦火から下(おろ)したものを又火にかけて温めて出す様(やう)では尚更(なおさら)味が悪くなります。

記者『私なぞは朝寝坊の方ですから二度も三度も温め直した味噌汁を食べるので美味しい譯(わけ)はありません。殊(こと)に味噌汁の薄いのと来ては湯を飲むようで實(じつ)に閉口(へいこう)です。

夫人『ですから料理の心得に味噌汁は濃いめに立てろ、吸物は淡(うす)めに立てろと申します。味噌汁の濃いのは湯を注(さ)しても直りますし、吸物の淡いのは塩を注しても直りますが、淡い味噌汁へ味噌を入れたら丸で味がありませんし、濃い吸物へ水(みづ)を注したら水っぽくなって食べられません。味噌汁の實に豆腐なんどを使ふ時には濃いめに立てておかないと豆腐から水が出て薄くなります。

記者『豆腐を實に入れた味噌汁はあんまり感心致しませんね。

夫人『どう致しまして、濱名(はまな)納豆(なっとう)を摺込んだ味噌汁なんどはお豆腐の實が一番よく合ふもので誰でもおかはりが欲しくなります。

記者『そんな味噌汁がありますか。

夫人『濱名納豆を少し摺(すり)鉢(ばち)でよく摺ってそこへ味噌を入れてよく摺り交ぜた味噌汁は實に結構なものです。

記者『濱名納豆は滅多に得(え)られませんが普通の味噌汁を美味しく立てる法がありますか。

夫人『三州味噌と普通のから味噌と半半に混ぜると美味しくなります。

記者『三州味噌とはどんなものです。

夫人『三河の國から来る味噌で、あの辺は豆が宜い爲、味噌がよく出来ます。三州味噌の中でも岡崎の八丁味噌が宜いのですし、八丁味噌の中でも太田製が一番上(じゃう)等(とう)です。

記者『三州味噌もなし田舎のから味噌ばかりで、から過ぎた時はどうします。

夫人『それには味噌汁が煮立った時ほんの少しの白砂糖をお入れなさい。

記者『折折(をりをり)味噌汁が酸(す)っぱくて困る事がありますね。

夫人『それは味噌が酸敗(さんぱい)したのですから煮立った時、重炭酸曹達(ソーダ)を少し入れるとシューと泡が立ちます。その泡を掬(すく)ひ取ると酸味(すみ)が忽(たちま)ち消えます。

記者『お魚を實に入れると味噌汁が美味しくなりますね。

夫人『お魚の味噌汁は普通のと違って、二時間以上も煮通さなければ宜い味が出ません。全體(ぜんたい)ならお魚の味噌汁は前の晩に極く薄く立てて二時間も煮通(にとほ)して翌日又煮て出した方が美味しくなります。鯉の濃漿(こくしゃう)なんどは晩に煮てその鍋を一晩地(ち)の上に置いて翌日又煮て出すと宜うございます。しかし斯(か)ういふ風に長く置くのは必ず鐵(てつ)鍋(なべ)を用(もち)ゐなければいけません。真鍮(しんちう)や銅(あかがね)の鍋を用いたら、それこそ中毒(ちうどく)を起こして大變(たいへん)です。それから魚もイナや鰡(ぼら)の類(るい)は一旦焼いて入れた方が宜うございます。

記者『今のお話に香(かふ)の物といふ事がありましたが澤庵(たくあん)などは不消化(ふせうくわ)だと云って食べない人がありますね。

夫人『御飯の時には香の物を召(めし)上(あが)らないと祕結(ひけつ)していけません。お米は祕結性のものですし澤庵は下剤ですから双方よく合ふのです。

記者『梅干も何かの効(かう)がありますか。

夫人『梅干は殺虫剤にもなるし鉛毒も消しますし湿気(しっき)も払ひますし大層胃の爲にお薬ださうです。
  

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