2016年09月20日

「昔はなし」その69 神野家の番頭と争う

神野家の番頭と争う

 毛利新田についで神野新田が完成した御祝
いのおりのことです。神野家の番頭が「名古屋
は白いおこわを用いるから」と白いおこわを私
の方へ注文されました。私はまたこんな性分で
すから「名古屋の習慣はどうかしらないが、豊
橋では赤いおこわをくばることになっているか
ら、おこわは赤いのをつくる」といって、どちら
が注文主だかわからないようなことになりまし
た。
 神野家では「まあいいように……」という御話
でしたが番頭さんが説を曲げないのです。私も
曲げないのです。どうなるかと内心は私も心配
したのですが、とうとう両方の説に顔を立てる
ようなことになりました。
 つまり、名古屋風と豊橋風のおこわを半々ず
つつけたわけで、出来上ったものは紅白の彩
りでかえつて立派なものになりました。





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Posted by ひimagine at 06:00│Comments(0)豊橋の昔はなし
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