2018年08月05日
弦斎夫人の料理談 その2
味噌汁は如何(いか)に立てるか
記者『先(ま)づ第一日(じつ)は何ですか。
夫人『第一日は尋常(じんじょう)普通の御飯(ごはん)にして味噌汁と香(かう)の物と梅干位を添(そ)へることに致しませう。それから生の果物を召上ることは御随意(ごずい)です。
記者『その味噌汁にも味の宜(よ)いのと悪いのがありますが美味しい味噌汁はどうしたら宜うございませう。
夫人『それは味噌の善悪(ぜんあく)に依(よ)りますけれども一つは味噌汁の立て方や煮方も肝心(かんじん)です。味噌汁は第一に立て方で味が違ひます。最初味噌ばかりをよく叮嚀(ていねい)に摺(す)ってそれが悉皆(すっかり)こなれたところで少しづつ水をさして行きませんと美味しくなりません。無性(ぶしゃう)なお三(さん)どんにまかせると少し摺って直ぐ水をさす方が楽ですから水を注してぐるぐると摺ります。あれでは味噌の味がよく出ません。それから今度は煮方が大切で火にかけて煮立ったところへ鰹節(かつをぶし)を入れたらサッと煮て上に浮いて来るアクを取って實(み)を入れます。實が煮えた時直ぐに出さないと美味しくありません。長く煮過ぎては味噌の味が抜けますし、一旦火から下(おろ)したものを又火にかけて温めて出す様(やう)では尚更(なおさら)味が悪くなります。
記者『私なぞは朝寝坊の方ですから二度も三度も温め直した味噌汁を食べるので美味しい譯(わけ)はありません。殊(こと)に味噌汁の薄いのと来ては湯を飲むようで實(じつ)に閉口(へいこう)です。
夫人『ですから料理の心得に味噌汁は濃いめに立てろ、吸物は淡(うす)めに立てろと申します。味噌汁の濃いのは湯を注(さ)しても直りますし、吸物の淡いのは塩を注しても直りますが、淡い味噌汁へ味噌を入れたら丸で味がありませんし、濃い吸物へ水(みづ)を注したら水っぽくなって食べられません。味噌汁の實に豆腐なんどを使ふ時には濃いめに立てておかないと豆腐から水が出て薄くなります。
記者『豆腐を實に入れた味噌汁はあんまり感心致しませんね。
夫人『どう致しまして、濱名(はまな)納豆(なっとう)を摺込んだ味噌汁なんどはお豆腐の實が一番よく合ふもので誰でもおかはりが欲しくなります。
記者『そんな味噌汁がありますか。
夫人『濱名納豆を少し摺(すり)鉢(ばち)でよく摺ってそこへ味噌を入れてよく摺り交ぜた味噌汁は實に結構なものです。
記者『濱名納豆は滅多に得(え)られませんが普通の味噌汁を美味しく立てる法がありますか。
夫人『三州味噌と普通のから味噌と半半に混ぜると美味しくなります。
記者『三州味噌とはどんなものです。
夫人『三河の國から来る味噌で、あの辺は豆が宜い爲、味噌がよく出来ます。三州味噌の中でも岡崎の八丁味噌が宜いのですし、八丁味噌の中でも太田製が一番上(じゃう)等(とう)です。
記者『三州味噌もなし田舎のから味噌ばかりで、から過ぎた時はどうします。
夫人『それには味噌汁が煮立った時ほんの少しの白砂糖をお入れなさい。
記者『折折(をりをり)味噌汁が酸(す)っぱくて困る事がありますね。
夫人『それは味噌が酸敗(さんぱい)したのですから煮立った時、重炭酸曹達(ソーダ)を少し入れるとシューと泡が立ちます。その泡を掬(すく)ひ取ると酸味(すみ)が忽(たちま)ち消えます。
記者『お魚を實に入れると味噌汁が美味しくなりますね。
夫人『お魚の味噌汁は普通のと違って、二時間以上も煮通さなければ宜い味が出ません。全體(ぜんたい)ならお魚の味噌汁は前の晩に極く薄く立てて二時間も煮通(にとほ)して翌日又煮て出した方が美味しくなります。鯉の濃漿(こくしゃう)なんどは晩に煮てその鍋を一晩地(ち)の上に置いて翌日又煮て出すと宜うございます。しかし斯(か)ういふ風に長く置くのは必ず鐵(てつ)鍋(なべ)を用(もち)ゐなければいけません。真鍮(しんちう)や銅(あかがね)の鍋を用いたら、それこそ中毒(ちうどく)を起こして大變(たいへん)です。それから魚もイナや鰡(ぼら)の類(るい)は一旦焼いて入れた方が宜うございます。
記者『今のお話に香(かふ)の物といふ事がありましたが澤庵(たくあん)などは不消化(ふせうくわ)だと云って食べない人がありますね。
夫人『御飯の時には香の物を召(めし)上(あが)らないと祕結(ひけつ)していけません。お米は祕結性のものですし澤庵は下剤ですから双方よく合ふのです。
記者『梅干も何かの効(かう)がありますか。
夫人『梅干は殺虫剤にもなるし鉛毒も消しますし湿気(しっき)も払ひますし大層胃の爲にお薬ださうです。
記者『先(ま)づ第一日(じつ)は何ですか。
夫人『第一日は尋常(じんじょう)普通の御飯(ごはん)にして味噌汁と香(かう)の物と梅干位を添(そ)へることに致しませう。それから生の果物を召上ることは御随意(ごずい)です。
記者『その味噌汁にも味の宜(よ)いのと悪いのがありますが美味しい味噌汁はどうしたら宜うございませう。
夫人『それは味噌の善悪(ぜんあく)に依(よ)りますけれども一つは味噌汁の立て方や煮方も肝心(かんじん)です。味噌汁は第一に立て方で味が違ひます。最初味噌ばかりをよく叮嚀(ていねい)に摺(す)ってそれが悉皆(すっかり)こなれたところで少しづつ水をさして行きませんと美味しくなりません。無性(ぶしゃう)なお三(さん)どんにまかせると少し摺って直ぐ水をさす方が楽ですから水を注してぐるぐると摺ります。あれでは味噌の味がよく出ません。それから今度は煮方が大切で火にかけて煮立ったところへ鰹節(かつをぶし)を入れたらサッと煮て上に浮いて来るアクを取って實(み)を入れます。實が煮えた時直ぐに出さないと美味しくありません。長く煮過ぎては味噌の味が抜けますし、一旦火から下(おろ)したものを又火にかけて温めて出す様(やう)では尚更(なおさら)味が悪くなります。
記者『私なぞは朝寝坊の方ですから二度も三度も温め直した味噌汁を食べるので美味しい譯(わけ)はありません。殊(こと)に味噌汁の薄いのと来ては湯を飲むようで實(じつ)に閉口(へいこう)です。
夫人『ですから料理の心得に味噌汁は濃いめに立てろ、吸物は淡(うす)めに立てろと申します。味噌汁の濃いのは湯を注(さ)しても直りますし、吸物の淡いのは塩を注しても直りますが、淡い味噌汁へ味噌を入れたら丸で味がありませんし、濃い吸物へ水(みづ)を注したら水っぽくなって食べられません。味噌汁の實に豆腐なんどを使ふ時には濃いめに立てておかないと豆腐から水が出て薄くなります。
記者『豆腐を實に入れた味噌汁はあんまり感心致しませんね。
夫人『どう致しまして、濱名(はまな)納豆(なっとう)を摺込んだ味噌汁なんどはお豆腐の實が一番よく合ふもので誰でもおかはりが欲しくなります。
記者『そんな味噌汁がありますか。
夫人『濱名納豆を少し摺(すり)鉢(ばち)でよく摺ってそこへ味噌を入れてよく摺り交ぜた味噌汁は實に結構なものです。
記者『濱名納豆は滅多に得(え)られませんが普通の味噌汁を美味しく立てる法がありますか。
夫人『三州味噌と普通のから味噌と半半に混ぜると美味しくなります。
記者『三州味噌とはどんなものです。
夫人『三河の國から来る味噌で、あの辺は豆が宜い爲、味噌がよく出来ます。三州味噌の中でも岡崎の八丁味噌が宜いのですし、八丁味噌の中でも太田製が一番上(じゃう)等(とう)です。
記者『三州味噌もなし田舎のから味噌ばかりで、から過ぎた時はどうします。
夫人『それには味噌汁が煮立った時ほんの少しの白砂糖をお入れなさい。
記者『折折(をりをり)味噌汁が酸(す)っぱくて困る事がありますね。
夫人『それは味噌が酸敗(さんぱい)したのですから煮立った時、重炭酸曹達(ソーダ)を少し入れるとシューと泡が立ちます。その泡を掬(すく)ひ取ると酸味(すみ)が忽(たちま)ち消えます。
記者『お魚を實に入れると味噌汁が美味しくなりますね。
夫人『お魚の味噌汁は普通のと違って、二時間以上も煮通さなければ宜い味が出ません。全體(ぜんたい)ならお魚の味噌汁は前の晩に極く薄く立てて二時間も煮通(にとほ)して翌日又煮て出した方が美味しくなります。鯉の濃漿(こくしゃう)なんどは晩に煮てその鍋を一晩地(ち)の上に置いて翌日又煮て出すと宜うございます。しかし斯(か)ういふ風に長く置くのは必ず鐵(てつ)鍋(なべ)を用(もち)ゐなければいけません。真鍮(しんちう)や銅(あかがね)の鍋を用いたら、それこそ中毒(ちうどく)を起こして大變(たいへん)です。それから魚もイナや鰡(ぼら)の類(るい)は一旦焼いて入れた方が宜うございます。
記者『今のお話に香(かふ)の物といふ事がありましたが澤庵(たくあん)などは不消化(ふせうくわ)だと云って食べない人がありますね。
夫人『御飯の時には香の物を召(めし)上(あが)らないと祕結(ひけつ)していけません。お米は祕結性のものですし澤庵は下剤ですから双方よく合ふのです。
記者『梅干も何かの効(かう)がありますか。
夫人『梅干は殺虫剤にもなるし鉛毒も消しますし湿気(しっき)も払ひますし大層胃の爲にお薬ださうです。
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