2018年06月30日

弦斎夫人の料理談 その1

村井弦斎と云う人をご存知でしょうか?
文久3年に吉田藩に生まれ、明治から大正にかけて報知新聞などでジャーナリスト、小説家として活躍しました。
生地の豊橋ではその名を知る人はあまり居ませんが、結婚後晩年までを過ごした神奈川県平塚市には「村井弦斎公園」があり「村井弦斎まつり」が行われています。
今回ご紹介するのはその弦斎さんの著述ではなく奥様、多嘉子さんの陳述による、今でいえば料理エッセイ、生活の知恵のようなものです。
時代は明治40年代のことですが案外現代に通じる所もあり明治の日本女性の品格の素晴らしさを感じさせてくれます。

ボツボツとしか投稿できそうもありませんが年寄りのやる事ですので気長にお付き合いくだされば幸いです。


手軽実用弦齋夫人の料理談 第二編

石塚月亭編

朝飯(あさはん)は如何にすべきか(六月記)

記者『今日(けふ)は何か風(ふう)の変わったお料理談を伺(うかが)ひたいものですね。

夫人『風の変わったとはむづかしいご注文ですね。何に致(いた)しませう。

記者『私が平生(へいせい)知りたいと思って居(ゐ)るのは朝飯(あさはん)の料理法です。今の人は西洋風にパンと牛乳で朝飯を済(す)ませることもあり、オートミールを食べる人もあり、朝の食事もいろいろになって居(を)るようです。全体(ぜんたい)朝の食事には淡白なものを少し食べた方が宜(よ)いでせうか。それとも実(み)のあるものを沢山食べた方が宜いでせうか、その問題から先に伺いたいものです。

夫人『ォㇹㇹㇹㇹ大層(たいそう)むづかしくって私(わたくし)にはご返事ができません。しかし、その事は私どもでもいろいろに研究して居(お)りますので亜米利加(あめりか)では近来(きんらい)二食論(にじきろん)が盛んになりました。二食論とは朝飯(あさはん)廃止論で人間は朝飯(あさはん)を食べずに昼飯(ひるはん)と晩飯(ばんはん)を食べた方が衛生上に宜(よろ)しいという説です。ところが一方にはそれと反対に晩飯(ばんはん)廃止論があって朝飯と昼飯は沢山食べて宜いが晩飯は食べずにおくと夜中に胃が休息(きうそく)するので健康に宜いと云う説です。これは日本にも例があることで律宗(りつしう)の高僧達は正午過ぎには一切食物(しょくもつ)を口に入れないさうです。それで大層長命(ちょうめい)な人があります。胃腸病の大家(たいか)たる長與(ながよ)博士(はかせ)の御説(ごせつ)にも、朝と昼は胃の働きが活発(くわっぱつ)であるから食べ物が早く消化(せうくわ)するけれども晩は胃の働きが鈍くなるので昼飯(ひるはん)と晩飯(ばんはん)との間(あひだ)は時間も長くしなければならず、晩には消化(せうくわ)の宜(よ)いものを食べなければならぬと云う事です。

記者『さうしてみるといづれに随(したが)った方が宜(よ)いでせうか。

夫人『それは人人(ひとびと)の習慣(しふくわん)にもよりますから必ずこれに限るとは申(まを)されませんが果物のようなものは朝飯(あさはん)に食べる方が宜いと思ひます。西洋でも「朝の林檎は金なり、昼の林檎は銀なり晩の林檎は鉛なり」と申(まを)す位(くらい)です。晩食(ばんしょく)に消化の宜(よ)いものを食べておきますと朝はお腹が空いて居ますから何でも美味しく戴けます。

記者『ですが都会(とくわい)に住む者は日中(にっちゅう)事務を執(と)って昼は弁当飯(べんとうめし)で済ませる代わりに宅(たく)へ帰って晩食(ばんしょく)のご馳走を食べるのが何よりの楽しみですから、つひ晩食を多く食べ過ぎます。それが為(ため)に朝はどうも沢山食べられません。私(わたくし)どもは矢(や)っ張(ぱ)りパンと牛乳で朝の食事を済ませる方(ほう)ですけれども毎日パンと牛乳でも飽きますからいろいろに取りかへたいと思ひます。毎日変わった朝飯(あさはん)を食べるにはどうしたら宜(よ)うございませう。

夫人『それは幾通(いくとお)りも拵(こしら)え方がありますから一つづづ数えて見ませう。


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